湯沢簡易裁判所 事件番号不詳 判決
主文
被告人は無罪。
理由
第一、本件の公訴事実は
(本位的訴因)
被告人は昭和三七年一〇月一八日午前一〇時四五分頃秋田県仙北郡六郷町六郷字八百刈八九番地付近道路において、法令に定められた番号灯が調整されていないため、交通の危険を生じさせるおそれがある車両でないことを確認して運転すべき義務を怠り、番号灯の電球が切れて調整されていないため、交通の危険を生じさせるおそれがある車両であることに気づかないで普通自動車を運転したものである。
(予備的訴因)
被告人は昭和三七年一〇月一八日午前一〇時四五分頃、秋田県仙北郡六郷町六郷字八百刈八九番地付近道路において、法令に定められた番号灯の装置が備つている車両であることを確認して運転すべき注意義務を怠り、右番号灯の装置が備つていない車両であることに気づかないで普通乗用車(秋五す二〇七四号)を運転したものである。
というのである。
第二、当裁判所の判断
(本位的訴因について)
本件において被告人は、起訴状記載の公訴事実(本位的訴因、予備的訴因とも。)中、同記載の年月日、日時、場所において普通自動車を運転進行中、法令に定められた番号灯の電球の芯が切れ、点灯しなかつた事実はこれを認めているが、そのさいは昼間であつて番号灯に点灯する必要がなかつたばかりでなく、点灯しなくとも交通に危険を生じさせるおそれがなく、もしそうでないとしても、自動車の進行途上その震動により、番号灯の芯が切れたのは不可抗力であつて、運転者に対しそこまで注意義務を強いるのは無理であつて、いづれにしても無罪であると主張する。
よつて審究するに、まず道路交通法(以下道交法という。)六二条には「車両等の使用者その他車両等の装置の整備について責任を有する者又は運転者は、道路運送車両法(以下道運車両法という。)第三章若しくはこれに基く命令の規定(以下本件に関連ない事項は省略。)により定められた装置を備えていないか、又はこれらの装置が調整されていないため交通の危険を生じさせるおそれがある車両等(以下「整備不良車」という。)を運転させ、又は運転してはならない。」と規定しているが、同条の法意を察するに、自動車、原動機付自転車、軽車両等の交通車両は、最も安全に運転されなければ、道路上の歩行者その他の者におよぼす危険この上もないのであるから、それら車両の構造上も、装置上も全く完備したものを運行せしめる必要があるのであつて、いやしくも構造や装置のうえに欠陥があつて、歩行者等に危険をおよぼすおそれのある車両等の運転については、厳にこれを禁止し、もつて危険の発生を未然に防止せんことを企図しているものと解される。ところで自動車はいかなる構造や装置を具備していなければならないかに関しては、その「構造」については道運車両法四〇条に、その「装置」について同法四一条に、それぞれ規定しておりそのいずれもが「運輸省令で定める保安上の技術基準に適合するものでなければ運行の用に供してはならない」と規定し、更に昭和二六年七月二八日運輸省令第六七号の道路運送車両の保安基準には、その二条から七条までは自動車の「構造」に関する事項を、同八条から四八条までは、一般自動車についての「装置」に関する事項を詳細に掲げているが、右の道運車両法四一条一三号には「前照灯、番号灯、尾灯、制動灯、車幅灯、その他の灯火装置」と規定し、右道路運送車両の保安基準三六条には「自動車の後面には、夜間後方二〇メートルの距離から法一一条一項の自動車登録番号標又は法七三条一項の車両番号標の数字等の表示を確認できる灯光の色が白色の番号灯を備えなければならない。(以下略。)」と規定している。
ところで検察官は、右道交法六二条は道運車両法三章もしくはこれに基く命令により定められた装置を備えていない車両等は、そのため交通の危険を生じさせるおそれの有無に拘わりなく運転を禁止している趣旨であると主張するので、その点について考えてみると、同条は「装置を備えていないか、又はこれらの装置が調整されていないため交通の危険を生じさせるおそれがある車両等を運転してはならない」となつているが、右の「ため」とは、文理上「装置を備えていないか」、「これらの装置が調整されていない」の双方にかかつているものと解され、その両者を併せて整備不良車といつているものと思われ、当然装置の備えがないか、装置が調整されていないか、そのいずれかの場合で、なお且つ交通に危険を生じさせるおそれのある場合にのみ、運転を禁じたものであるとの見解がなければならないところである、右前者の見解によれば、装置が備えていない場合は、交通の危険を生じさせるおそれがある点を構成要件としていないのに対し、後者によるときは、右の点を構成要件としているという違いが出てくる、しからば右の装置の備えがないことと、装置が調整されていないこととでは、車両等の運転の許否を決定する上から、いかなる差異があるかを考えてみると、いわゆる整備不良車の運転を禁止しなければならない理由は、前記のとおりその車両の運転による危険発生を未然に防止するにあるのであるから、危険発生の可能性の有無の点から見るならば、装置の備えがない場合であろうと、装置が調整されていない場合であろうと、なんら選ぶべきではない筋合であつて、換言すると、危険発生の蓋然性を判断する上からは全く同一に評価を受くべき事項であり、いわば調整されていないことの最高限が装置の備えがないことであるといつても、あえて過言でないと考えられ、危険発生のおそれがあるか、どうかを判断する基準の上からは両者は全く同一に取扱うべきものであり、結局道交法六二条は、装置の備えがないか、装置が調整されていない車両は一切合切運転を禁止してしまう法意ではなくして、そのいずれかの場合であつて、そのために交通の危険が生じるおそれのある場合に制限した範囲で運転を禁止したものと解すべきである。(長谷川喜博著「わかりやすい道路交通法の解説」二三三頁以下参照。)
しかして被告人は起訴状記載の日時、場所において番号灯の芯が切れて点灯しなかつた事実については、当公判廷においてこれを自認しているばかりでなく、証人木村静男の当公廷における証言によつてこれを認めることのできるところであるが、更に進んで自動車の番号灯の必要性等について考えてみると、道運車両法によれば、新規に自動車の登録を受けた者は、所定の手続により自動車に登録番号標を取付けなければならないと、同時に前記保安基準三六条により自動車の後面に所定の番号灯をも備え付けなければならない規定になつていることは前記のとおりであるが、右番号標は自動車の所有者を明確にし、その同一性を認識せしめるため最も重要なものの一つであることは勿論、もしも該自動車に交通法規違反その他事故等が発生した場合には何人よりもいち早く明認できるために必要欠くべからざるものと認められ、自動車の後面にもこれが備付を要求している所以は、自動車の後方よりもこれを確認することができるようにしたものであり、これに対し点灯の装置を必要としているのは、右のような場合夜間であつても容易に何人よりも確認できるように、その設備を義務づけているものと考えられる。右のような必要性により装置すべく定められた番号灯がたとい昼間であつてもその電球の芯が切れて点灯しなかつたことは、右道交法六二条の「装置が調整されていない」場合に該当することは疑いのないところである。しかしながら同条違反罪が成立するにはそのために交通の危険を生じさせるおそれがある点を構成要件としていることは前叙のとおりであるから、ひるがえつて、右番号灯が点灯をしないため、交通の危険を生じさせるおそれがあるかどうかについて考えてみると、前照灯、補助前照灯、車幅灯、尾灯、後退灯等のように自動車の運転、進行、後退、曲折等に直接影響を与える灯火については格別であるが、単に番号標の数字を照明することを目的とし、それ以外に重要な目的を有するとは認められない、番号灯に点灯がないことのみによつては、交通の危険を生じるおそれがあるものとは認めることができない、或は番号灯であつても自動車が後退をする場合には、後方を照明するのに与つて力があるから、これが点灯を欠くときは、交通の危険を生じさせるおそれがあるとする見解もあるであろうけれども、後退の場合にはこれによつて幾分なりとも照明度を高めるであろう点については否定はしないが、それは番号灯の本来の目的(検証の結果によると、鉄製の覆い内に電球を取付ける設備であつて、灯火は下方に向けられているものである点に注意。)ではなくして、その余光の影響によるにすぎないものであつて、番号灯には後方を照明すべき目的はないものというべきである、のみならず本件においては、右番号灯が点灯しなかつたのは、昼間(午前一〇時四五分頃)であつてみれば、右番号灯が点灯しなかつたことのみによつては、絶対に交通の危険が生じるおそれがなかつたものと断じなければならないし、してみると被告人の本位的訴因の公訴事実は、交通の危険を生じさせるおそれがある点の構成要件を欠如するので、犯罪が成立しないものといわなければならない。
(予備的訴因について)
ついで検察官の予備的訴因の追加について審究するに、まず、同訴因の追加が許さるべきものかどうかについて考えてみると、右訴因が本位的訴因と異る点は、本位的訴因にあつては、被告人の運転した自動車の番号灯の芯が切れて点灯しなかつたのは、道交法六二条の装置が調整されていないものであるとし、予備的訴因においては、装置の備えがないものであるとする、只一点に帰し、その他は全部同一で公訴事実中の自然的、歴史的事実については、何ら異つている点はなく、単に行為の法律上の評価の差異に基くもので、いわゆる基本的事実の同一性変更はないのであるから、右予備的訴因の追加(変更)は適法であるといわなければならない。しかして同訴因は被告人の運転した自動車の番号灯の電球の芯が切れてその用を果さなかつたのは、道交法六二条の「これらの装置が調整されていない」の範囲を超えて「装置を備えていない」に該当するものであると主張し、前記保安基準三二条一項によれば、自動車の前面の両側には前照灯を一個ずつ備えなければならない旨の規定(特定のものは一個でもよい。)があるが、そのうち一個のみを点灯したときでも無灯火罪が成立すると解すべきであるから、本件についてもこれと同趣旨に解し、番号灯の装置を備えていない場合に当るというけれども、当裁判所における検証の結果によれば、被告人の運転した自動車には、その後部の中央附近に番号標を取付けてあり、その上部に鉄製の覆いを設備し、その中にピンポンの玉大の電球一個をはめ込むことのできる装備になつているのであるから、これをもつて番号灯の装置を備えていない車両であるということは到底できない、しかも右の主張は前記のとおり装置を備えていないときは、交通の危険を生じるおそれがあると否とにかかわりなく、本罪が成立するとの見解に立つているものであるから、当裁判所は前叙のとおりでこれを採ることができないところであり、なお二個の前照灯のうち一個のみを点灯した場合であつても無灯火罪が成立するとの見解については、その場合は明らかに交通の危険を生じるおそれがある場合に当るので、本件事案を判断するにつき準拠すべき基準とすることはできない、従つて、被告人の予備的訴因記載の公訴事実についても、また犯罪が成立しないものといわなければならない。
以上のとおりで、本件の本位的および予備的各訴因の公訴事実は、いずれも犯罪を構成しないものと認め、刑事訴訟法三三六条により、被告人に対し無罪の言渡をする。
よつて主文のとおり判決する。
出席検察官副検事 今野幸三郎
(裁判官 佐藤鋌次)